食養内科

64 パニック障害の治療経験

 平成14年の東方医学会において、食養についての講演を頼まれました。
 それで食養について概略を話し、その時にパニック障害の症例を発表しました。
 パニック障害も食事療法で改善していく人を何人か経験しました。
 この症例も良い経過をとった例です。

 この症例は自律神経失調症を治したいということで来院された患者です。私自身もこの自律神経失調症の経験者でしたから、自律神経失調症なら治るだろうということで治療を始めました。
 その後これはパニック障害に相当するのではないかと思って調べたところ、パニック障害の診断基準に合いましたので、パニック障害であれば経過がよかったので価値があるのではないかと思い報告しました。

 症例は39歳の男性です。
 既往歴として特に病気は有りません。
 現病歴としては、仕事が会社経営でバリバリ働いていましたが、平成3年5月夜酒を飲んでいる時急に脚の力が入らなくなりガクガクとして、その後フワフワして歩けなくなりました。体力には非常に自信があったのが全く無くなった感じになりました。
 検査では異常がなく、有名な精神科に約3年間通って安定剤を服用していましたが、あまり変化がないものですから薬だけでは治らない気がして自宅から近いこともあって平成6年6月当科を受診しました。
 食事歴では朝食は自宅でご飯とみそ汁中心の食事。昼食は外食で各種弁当やカレーライスのような単品メニューが多い。夕食は様々のメニューで充実した内容になっていますが、揚げ物、炒め物が多くなっていました。毎日寝酒として、ウイスキーか焼酎を飲みます。
 コーヒーを1日平均4杯飲みます。タバコは1日40本です。

 主訴(自覚症状)
 患者は自分で症状を書いて来ていました。それは次のようなものです。
 ① 呼吸が苦しい。目の焦点が定まらずぼやけている感じ。
 ② 突発的に来る異常不安による心悸亢進(外出、歩行が恐くなった)
 ③ 頭内もうろう感(発狂するのではないかと不安になる)
 ④ 全身の疲労感(何時間寝ても、日中横になりたくなる)
 ⑤ あらゆる面でやる気が失せて、はがゆくてたまらない。
 ⑥非現実的な異常感覚。
 この他にも「車に乗れない、乗り物に乗れない」というのがありました。高速道路にも乗れない、飛行機にも乗れない、電車にも乗れない。こういう状態で来られたのです。

 治療内容
 食事療法をするには入院して食事を食べていただくことが多いのですが、本例は入院しなくて通院だけで治療しました。最初の約1年間は2週間ごとに来院されました。その後は月1回のペースで来られました。食事療法は口に入れた食べ物、飲み物を全部メモしてもらい、それを見て栄養士が指導します。
 薬物療法としては、患者は実証の方でして、柴胡加竜骨牡蛎湯エキス(TJ-12)7.5g、ワッサーV3.0g、エビオス7.5gを処方しました。ワッサ―VはビタミンB類とビタミンC合剤で、エビオスは乾燥ビール酵母です。
 10月4日からは柴胡加竜骨牡蛎湯エキス7.5g、黄連解毒湯エキス(TJ-15)7.5g、エビオス7.5gに変方し、平成7年11月からは柴胡加竜骨牡蛎湯エキス7.5g、黄連解毒湯カプセル(NC-15)6cap、エビオス7.5gにしました。鍼灸治療は3ヶ月目から週1回~2回の間隔で約7ヶ月間、合計33回行いました。      
 食事療法は日野式食養生の20カ条を指導し、それ以外に
 ① 野菜の種類、量を増やす。淡色野菜が多いので、緑黄色野菜や根野菜を増やす。
 ② 揚げ物を減らす。
 ③ 人参や小松菜の自家製野菜ジュースを勧める。
 ④煮物などの和食メニューを増やすよう指導しました。

 治療経過
 初診から約2ヶ月の平成6年8月末頃からで少し疲れにくくなり、気分的に良くなってきました。5ヶ月経過した同年11月には、肩凝りがなくなり、不安感が少なくなってきました。
 翌年3月には息苦しい感じがなくなり、酒を飲まなくて眠れるようになりました。
 平成8年1月にはやる気が出て、仕事をし過ぎて帰りが遅くなるほどになりました。
 平成8年8月には疲れ感は薄らいでいるようになり、仕事が忙しいと言っております。
 平成9年になり、正月はスキー、と水泳をしたといいます。
 平成9年3月になって車に乗る不安がなくなり、電車に乗っても息苦しくなくなりました。しかし新幹線、飛行機、地下鉄は乗れない状態でした。
 平成9年8月。約3年経過した頃ですが安い値段で海外旅行に行ける機会があり、腹を決めて飛行機に乗りました。心配した通り飛行機の中で不安が起こりました。心臓がドキドキして過呼吸の様になりました。息を吸うだけで吐けない感じになったと言います。その時、患者は水割りを2~3杯飲み、「死ぬわけではない」と思ったら、スーと症状が引いたそうです。この体験はかなりの自信に結びついたようです。
 平成9年9月には5km走れるようになり、10月に飛行機に乗った時は、不安が起こりませんでした。
 平成10年3月に、まだ不安や引っ掛かるものがあると言っていました。この頃になると家族の者から「元気なのにどうして病院へ行くのか」と言われるようになり、私ももう来なくていいのではないかと思っていましたけれど、何かまだ不安があったみたいです。
 その年の4月に通院が終わり、治療も終わりました。
平成24年8月15日
著作 長岡由憲