食養内科


 食養内科を始めた日野厚先生は過敏性腸症候群を治した経験から医者になり、食事療法と断食の研究を始めたのです。私が食事療法の世界に興味を持ったのは玄米食を始めて過敏性腸症候群が良くなったからです。
 私が食養内科の医者を続けていますが、このような医者になるとはまったく考えていませんでした。日野先生のこともまったく知らないで食養内科に勤めたのです。私は玄米食によって体が改善されたため、西洋医学の治療に興味を無くしたのです。それで困ってしまったのですが、その後漢方医学と言うものを知り、漢方医学に興味がわいたのです。それで、医者になったら漢方医学をしようと思いました。
 医者になって、2年間の研修を終え、漢方医学を始めようとした時、収入を得るためにどこかに勤め口を探していたら、医師を募集している所があり、それが日野先生の所だったのです。
 日野先生は過敏性腸症候群の下痢型で、私は過敏性腸症候群の便秘型です。日野先生の下痢はひどいもので生きるか死ぬかと言うような状態でした。それが桜沢如一の食事療法と断食ですっかり治ったのです。
 私の場合は自律神経失調症のような全身的な弱い体質があり、それに伴って便秘があったのです。玄米食で便秘が改善されたため、今度は夢中で玄米食を実行していたら、自律神経失調症の症状も段々と良くなっていったのです。玄米食の実行は森下敬一先生の著書を参考にしました。
 食養内科の患者で過敏性腸症候群は多い方に入ります。過敏性腸症候群の症状としては、下痢、便秘の外にガスが出る、腹が張る、腹が痛むというのがあります。これは腸の症状ですが、たいていは体が弱い方で、腸以外の様々な症状を抱えて困っています。命にかかわる様な症状ではないのですが、日常生活ではいつも困ります。
 医者に行っても血液検査で異常が出ないものですから、それ程本気で扱ってくれません。患者自身も生まれつきの体質のようなものと思っていますから、半分はあきらめ気分で暗い気持ちになるのです。
 過敏性腸症候群は心身症の中に入っていますから、心の病として取り扱われていますが、心の病と同時に肉体の病なのです。心の病の方だけに関心が行くと治らないのです。肉体の方に関心が行った時に治り始めるのです。
 私も日野先生も食事療法をやって治しています。食事療法は肉体を改善します。日野厚先生は桜沢式の食事療法で、私は森下式の食事療法です。そして二人とも精神療法をやっています。日野先生の精神療法は断食です。私の精神療法は宗教です。
私は自然界の不思議が現象に興味を持っていましたが、その頃出版されていた桐山靖男氏の著書にはまってしまいました。桐山氏は密教と言っていましたが、密教は空海が中国から持ち帰った仏教です。桐山氏は後に阿含宗を立ち上げました。私は桐山氏の影響で玄米食を始めたのです。仏教の修行はヨ-ガが基になっていますから、ヨーガも自分なりにやりました。
 宗教は趣味のようになり、キリスト教や日本の様々な宗教に興味がわいて本を読みました、修行としては瞑想や座禅を我流で行いました。座禅を続けているうちに雑念が湧いてこないようになりました。この時、交感神経の緊張がおさまり、体は副交感神経だけでコントロールされているような状態になり、肉体が楽になったような感じになりました。体に巻きついていた見えない紐がほどけて無くなった感じです。
 肉体が改善すると言うのは食べ物を変えるとか、運動してきたえるとかで出来ると思いますが、精神が向上すると言うのはどういうことになるでしょうか。例えば広い視野から物事が見えるようになれば精神が向上したことになるでしょう。又、物事の適切な判断力がついてくれば精神が向上したことになるでしょう。
 精神の向上については良い話を聞くとか、その手の本を読めばそれなりの向上はあるでしょうが、最も効果があるのは、現実に起こる目の前の問題を一つ一つ乗り越えていくとだと思います。そのためには我慢する,辛抱する、耐えると言うような経験が必要になると思います。
 日野先生は桜沢式の食養生で体が改善されたのですが、その食養生を続けているうちに別の病気が発生してきたのです。それで困って、失敗のない食養生を考え続け自分流の健康食を作ったのです。それが生態学的栄養学です。
 私は日野先生の下で働くようになったので、この生態学的栄養学を学ぶことになりました。それが結果的に私の体質改善につながっていると思います。
 生態学的栄養学の健康食は固定した食事療法ではなく、刻々と変化していくものなのです。常に自分で考え続けなければならないのです。
 それで、私の体質も段々と改善されているので、今は日野先生の下で働いたことが好運であったと思うようになりました。

平成25年7月23日 食養内科勉強会資料
著作 長岡由憲