食養内科

  73 安保・福田物語(2)   <<印刷はこちから
 第三章 二人の出会い
 平成6年12月16日、福田は研究した資料を持って、安保教授の研究室を訪ねた。
「安保先生!」張りのある声だった。
 阿保は驚いた。ハンチングをかぶった男が入って来た。土建屋さんかと思った。
 福田は挨拶もそこそこにして研究の話を始めた。
「私は大のゴルフ好きなんですが、困ったことに、晴れた日にはゴルフに行けないことになっているんです。とくに『だし』が吹くと、ゴルフはあきらめんばなんない」
「何のことですか、それは」安保は話の意味がつかめない。
「ところがです。どういうわけだか、『だし』が吹いて晴れると必ずアッペの急患が来て、診んばなんないもんで、ゴルフに行けないんですよ」
「ああ、そういう意味か。しかたがないじゃないですか。先生は医者なんだから」
「いや、それがそうでないんです。さあ、今日はゴルフだ、と楽しみにしている日にかぎってアッペが出る。あんまり度重なるもんだから、変だなと思って記録を取ってみたら、アッペが出る日は決まって晴れている。『だし』の吹くころだけじゃなくて、春先から夏にかけても、快晴にはアッペ。これは、なんだか臭(くさ)い。高気圧とアッペ。精度の高い気圧計を買って本格的に調べてみたら、気圧が高いほど、どうも重症のようだ。前に一度、1028ヘクトパスカルというかなりの高気圧のときに、虫垂に孔(あな)があいた患者もいたんです。
 これは誰か話のわかる人に聞いてもらわずにはいられん、と思いまして。どうですか、臭(にお)いませんか」
「臭(にお)いませんかと言われても。つまり、先生は高気圧と虫垂炎に何か関係があると……」
「そうそう、何度か外科医の集まりででも報告してみたんですが、誰も取り合ってくれないんで、思い余ってここへきたんです。
 この不思議な現象を研究することによって、病気の成り立ちに迫ることが出来るのでないかと思うんです。一緒に研究してくれませんか。」
 安保徹も以前から、自律神経に興味を持ち、天候の影響にも関心を持っていた。
 安保は福田の話を聞いてすぐにひらめいた。
「これはすごい発見だ。」
 安保徹もそれなりに行き詰まっていた。
 安保が免疫の研究を始めた動機は病気が治せる医学を求めるためであった。安保は内科医として医者の仕事を始めた。しかし医者として治療を始めたが、医者として治せない病気がいっぱいあることに気が付いた。
 国が指定している難病が沢山ある。ガンも治せない。アレルギーも治せない。教科書には「根本治療なし」と書いてある。
 だから、医者は対症療法を行うことによって責任を果たしている。
 安保は内科医としてスタートしたが、医療に興味を失った。医療に失望した。
 病気を治すために、医者になったのに病気を治せない。これでは医者をしていても意味がない。自分はどうすればいいのだ。
 迷っているときに、学生時代に学んだ斉藤章先生のことを思い出した。私の仕事は病気の発生メカニズムを研究して、医療に貢献することだ。医者は病気を治すための理論がないために対症療法を行っているが、これでは医者も患者も救われない。
 病気の根本原因を見つけることが、私の仕事である。斉藤章先生がその基礎を作っている。この理論を掘り下げていけば病気の根本が見えてくるかもしれない。
 安保徹は患者を治療する医者をやめて、医学を研究する医者になることを決めた。研究する分野を免疫に置いたのも、病気を治すという視点から言うと、それしかなかった。
 人体はどのようなメカニズムで病気と闘っているのか。これが免疫である。なぜ人は病気をするのか。なぜ風邪を引くのか。なぜ痛みが出るのか。なぜ発熱するのか。なぜガンができるのか。なぜアレルギーが起こるのか。
 疑問はいくらでもある。今までも多くの研究があり、原因はそれなりに分かっている。しかし根本的なところが分からないから、対症療法を続けているというのが現実である。 
 痛みが出たら痛みを止め、熱が出たら熱を止めているが、このような治療で、体を良くしているのか、安保は分からないまま考えていた。
 熱が出るのも、痛みが出るのも何か意味があるはずだ。ただ患者が苦しがっているということだけで、その症状を消すという治療に安保は納得出来なかった。
 結局、安保徹は医者をやめて、病気を研究する道を選んだ。安保の気持ちの中にはそれしか道がなかった。
 安保の免疫研究は順調に進んでいた。胸腺外分化T細胞を発見した。そして人の免疫二層構造を解き明かした。すなわち、人の免疫が若い時と、年をとってからではスタイルを変えている。又、普通に生活している時とストレスをいっぱい抱えて生活ししている時もスタイルを変えている。新しい免疫系と古い免疫系を持っていて、この二重のシステムを使っていることも突き止めた。
 マクロファージが進化していって、いろんな白血球を作っていることも分かった。マクロファージが進化して顆粒球とリンパ球に機能が分かれたこともつきとめた。
 ただ一つ、根本の問題が解決されていなかった。それは臨床と直結した研究に到達していなかった。
 安保徹が基礎研究の分野に入ったのは、病気を治すために、病気の原因を知りたかったからである。斉藤章先生の理論をもとに、免疫の全容が分かり始めていたが、実際に病気を治すという所まで到達していない。
 安保は福田の話を聞いた時、直感的に思った。
「このテーマは自分の研究分野において、新しい突破口になるかもしれない。」
「気圧の変化が虫垂炎を誘発している。」
 この話を実際に手術している外科医が持ってきた。自分の研究によっても、気圧が白血球に影響を及ぼしている事は分かっていた。しかし、気圧の上昇が虫垂炎を誘発していることは知らなかった。
 安保はそれまで免疫の分野で新しい発見をしていた。免疫というと、白血球の中のリンパ球が研究対象となる。リンパ球もB細胞、T細胞、NK細胞と分かれており、それぞれが様々な役割を持って働いている。
 安保の研究も研究者としては、成果を上げているが、それだけで、安保は満足していなかった。安保は病気を治せる医学を追究するために研究している。
 自分の研究が病気を治せる医学理論に到達しなければ意味がない。
医学の基礎研究で新しい発見があったとしても、それが人の病気を治せるところに繋がらなかったら、安保徹は満足出来なかった。
 安保が福田の話を聞いたときに、思ったことは、福田の発見したこの現象は病気の治療に繋がる発見ではないかということだ。
 「これは病気を治せる道が開けてくるかもしれない。」
 安保徹はそんな予感がした。
 「私の研究もやっと病気治療の役に立つ所へ行くかもしれない。」
 そんな気持ちも湧いてきた。
 先が見えていたのではないが、あまりにもスケールの大きな発見だったから、安保は何か期待できるものがあると感じた。
 安保はすぐに申し出た。
 「面白いですね。一緒に研究しませんか。」
 福田は感動した。
 「やっと、私の発見した事を認めてくれる人がいた。」
 福田はうれしかった。免疫の専門家が認めてくれたのだから、自分の発見したことも役に立つ日が来るだろうと思った。

 第四章 共同研究
 安保徹が福田稔の頼みを受け入れて、二人の共同研究が平成7年から始まった。
福田は気圧を調べ、安保は自分の血を採って白血球の数を調べた。安保は毎日、自分の採血をする。リンパ球と顆粒球の数を、時間によって、日によって、季節によって、どのように変化するのかを調べるのである。
 日内変動を調べる時は4時間おきに採血する。血管が穴だらけになる。安保は注射針を刺す位置を少しずつずらして採血した。
 「研究するって、痛いものだなあ。」
 安保は神経質な所がある。注射の痛みはつらかった。
 「少しの痛みは我慢しなければならない。これが病気の原因につながる発見になるかもしれない。」
 安保は石坂公(きみ)成(しげ)先生を思い出していた。石坂公成先生は免疫学の研究者であるが、アレルギーの原因である免疫グロブリンE抗体を発見した人です。石坂先生は自分の背中に、様々な抗原を皮下注射して実験しました。背中の皮膚に注射した。抗原を入れるのだが、そこが赤く腫れる。注射する場所を少しずつずらしながら背中全面に注射した。自分の背中だけでは、注射する面積が足りなくて、共同研究をしていた奥様の背中も使わせてもらった。
 「研究は痛みを伴うものだ。」
 安保は自分に言い聞かせた。
 1年間採血を続けて結果が出た。
 初めの1年間でわかった事は人の白血球の増減は年間を通しても、1日の中でも変化していることである。
 それで、わかったことは晴れて高気圧の日には顆粒球が増え、低気圧の日は逆にリンパ球の割合が増えるということだった。
 1年間で見ると、顆粒球は夏に多くなり冬に少なくなる。又リンパ球を冬に多くなり夏に少なくなる。
 1日で見ると、顆粒球は昼間に多くなり、夜に少なくなる。又リンパ球は夜多くなり、昼間に少なくなる。そして夜でも働いている人は夜間であっても顆粒球が増え、リンパ球は減る。
 これは白血球が自律神経系のコントロール下に置かれていることを意味している。
 「すごいことが分かったなあ。」
 安保と福田は感動した。
 「でもどうしてこんなコントロールができるのか。神経が通っていない白血球に対してどうやって自律神経の支配を行っているのか、そのメカニズムが分からない。
 内臓に関しては心臓にしても、腸管にしても、交感神経と副交感神経がそこまで伸びて行って、二つの神経の末端から神経伝達物質が分泌されて、臓器をコントロールしている。
 しかし、白血球は血中を泳いでいるのだから、神経が繋がっていない。これではコントロール出来ないはずである。」
 安保徹は考え続けた。
 「自律神経はどうやって、顆粒球とリンパ球の数を調節しているのか。」
 安保と福田がタクシーに乗っている時だった。突然、安保徹が叫んだ。
 「そうだ、顆粒球はアドレナリンレセプターを持っていたじゃないか。」
 その声を聞いて福田が驚いた。安保徹が説明を始めた。
 「リンパ球も顆粒球も表面に神経伝達物質のレセプターを持っている。だから血中のアドレナリンが増えれば 交感神経優位になり、顆粒球が増えてリンパ球が減る。反対に血中のアセチルコリンが増えればリンパ球が 増えて顆粒球が減る。
 すなわち、自律神経は血中の神経伝達物質を調節することによって、白血球の増減をコントロールしていた のだ。」
 福田はこの話を聞いて又々感動した。
「これはすごい発見じゃないか。」
 人体の神秘のベールが取り除かれていくようで、2人は人間の機械としての高度なテクニックに感動した。
 2人は自律神経が白血球をコントロールしていることを突き止めたので、このシステムを福田―安保理論と命名した。

           福田―安保理論

交感神経優位になると顆粒球が増加しリンパ球が減少する
副交感神経優位になるとリンパ球が増加し顆粒球が減少する



参考文献:ガンはここまで治せる 福田稔 マキノ出版
病気が治る人の免疫の法則 福田稔 WAVE出版
     ガンは自分で治せる 安保徹 マキノ出版
医者に見放されても病気は自力で治る 安保徹 講談社
     免疫革命 安保徹 講談社インターナショナル
免疫進化論 安保徹 河出書房新社
     病気は自分で治す 安保徹 新潮社
     未来免疫学 安保徹 インターメディカル
平成26年7月22日
著作 長岡由憲